病気で体中穴が開いてるおじさんが笑うのですよ 今が楽しいって!

ある町の医療施設に数日間 お世話になった。

外来や健康診断などで 外からの訪問による短時間での風景も ある種独特な雰囲気がある。

人より早く整理券を取り、長椅子で座り、順番を呼ばれるのをじっと待つ。呼ばれて採血や

検査を受け、その後診察を受けるそれぞれの科の待合に移動し、さらに座って順番を待つ。

その間にも、救急車がサイレンを鳴らし、入って来る。連絡バスもタクシーも忙しそうに

発着をして行く。身内による送り迎え、入院されてる方へ訪問する人。点滴の棒を持って売店

に来る入院患者と、リアルな人間の生活の縮図が見え、とても興味深い。普段 仕事という時間帯

には見る事が出来ない空間がある。それぞれ忙しく動いているし、顔見知りでは立ち話に花が咲いてる。

いろんな思いを胸に秘めているだろうが、日々の生活を一所懸命生きている、辛くて泣きたいだろうに

笑顔を見せて、看護婦さんやドクターに頭を下げ、朝から待って、診察は3分ってことも。

「調子はどう」 「まあ ぼちぼちです」 「じゃ いつもの薬また出しときますから」 「次は○月○日

の○時 に予約入れときます。 その時 ○○の検査しますから」 「ありがとうございました。」 で3分

そこから 薬を貰うまで待って、会計するのに待って、本当に1日かかりも大げさでないかも。

病院の維持管理する裏方さんにも、頭が下がりますね。トイレのの掃除だってハンパな数じゃないし、まして

患者の容態によっては、下の粗相もあり大変な仕事をもくもくとやっておられる姿と開始前と終了時に

必ず声掛けをされる。患者さんの為の3食の食事を作る人、配膳する人、洗う人、シートやタオル等を毎日

莫大な数のリネンを洗濯される方、感謝しかないですね。病院食はマズイだの、シーツがどうのなど

考え違いに気が付いた。自分が病気なのに、彼女らが家政婦のように、致せり尽くせりと勘違いしてる態度

は頂けないね。お金をもらってるなんで罰が当たります。患者自身も辛いので何処かで発散したいのは分からない

でも無いが。ドクターや看護婦に注目が集まるが、普段お目にかかることはない彼女たちの献身的な行為に

御礼申し上げたいと今回特に感じました。

よく聞かれることに、病院に入院して、病気になって、健康が一番とか普段の生活がどんなに良いかと

振り返る機会を貰えたと言う。私も含めてですが、入らなければ分からないでは行けないのですね。

今日も仕事が出来てる。何もない日だった、予定をこなせる、大切な人達がいてくれる、などついつい

当たり前と思って、近しい間柄や自分自身など蔑ろにしがちなんですよね。居て当たり前、明日も変わらない

日々が漠然と続くと勘違いしてしまう。年齢を重ねて、身体が若い頃のように無理が利かなくなって感じる事。

毎日が奇跡なんじゃないかと思えてくる。事故や病気などは、無条件で現実が変わる出来事、メンタル不調しかり

極端な話、今日が最後だと思って今を自分なりに精一杯、時間を刻めることが出来れば。

どうにもならない事態が起きても、思いは残るが少しは納得できるのでは無いかと、あの医療機関で感じた

時間の流れでした。