確かな事など何も無い 幸せでも無いけど不幸って訳じゃ無い 忘れ物あるなら、戻るのもまた良し

ラジオ番組で、原田真二さんの「タイムトラベル」を久しぶりに聞いた。素人の自分が講釈垂れるのも憚れるが、この方を思うと、早熟の天才肌で

時代の何歩も先に行ってしまい過ぎて、当時の時代背景では、世間に理解されなかった不運な人だと感じる。今聞いても曲が色褪せず、あの時代に

このメロディが出来るのだと感心する。同時期の「チャー」さん然り、自分の音楽センスを周りの大人たちが潰してしまう典型的な例かも知れない。

原田さんも可愛い顔立ちもあってアイドル路線のような売り出し方に傾倒してしまった事務所側のミスでないかと思っている。彼自身はやりたい音楽

があったのではないかと推測する。世間に気に入られるような曲のイメージは、決して自分のやりたかった楽曲では無い筈。チャーさんは、途中で

気づいたんでしょう。ある時期から、自分のやりたい音楽へと傾倒していき、事務所との軋轢を生んだ。でも信念を貫いた事で、現在でも現役で音楽を

追及されてる。当時の時代にマッチした「荒井由実」さんや「中島みゆき」さんは、対照的でありながら独特なメロディーラインでその才能に嫉妬する

位で、もうあのような出方は、ありえないでしょうね。両者とも学生時代には楽曲が出来ており、原形を磨きつつデビュー後、スマッシュヒットを連発

ライブにおいても構成自体がよく出来ていて、プロヂュース能力の非凡さも物凄く、いまでも即完売ですものね。もう夜会はしないのかな、寂しいです。

スポーツにおいても、早熟の天才は、その後さらに飛躍をするのかというと、そうでもない。早々に姿を消した人達が、ゴマンといる筈。

イチローさんや大谷さんは、出会ったコーチや監督に恵まれてたと思う。独特な意見や、何の修正も指導もなく、只黙って見守ってくれたからこそ、大成

したのだと感じる。周りの大人たちが、口出ししがちな所をじっと耐えて結果が出るまで辛抱強くしてた。ほとんどの才能ある子たちは、預かった子供

たちを上役の大人が、一昔前の指導方法をしたがり、結果つぶしてしまっている気がしてならない。中学校・高校と光っていた子たちは、その上のランクに

入ったら光を失う。マラソン選手・駅伝選手・甲子園で活躍した選手、芸能界でもそうですね・・・あるあるでしょうか。あの人は今みたいな・・・。

学業の方でも同じ事が言えるそうだ。いつぞやかどこかの県で、飛び級制度が出来て、初年度の合格者3名を後に追った番組があったのだが、3名とも

思うような生き方をされていない現実を報道されていた。研究テーマはやりがいがあったが、食べていけない、見合った給料も頂けない。日本は学者には、

とても厳しいようだ。3者3様の結果だったが、勉強以外に興味があった職種で現在働いているようで、1人は大型トレーラーに乗っているんだとか。

運転が好きだったという事らしい。元々の地頭が良いので、頼まれれば家庭教師的な事もバイトでしてて、それなりに謳歌してるようだ。諺で言われる

「置かれた場所で花を咲かせる」を体現してました。原田さん以外にも、この人は時期が早すぎたと思われる方は、覚えているだけでも何人も頭に浮かぶ。

また世界に目を向けても、生前は評価をされず、死後、その評価が認められた画家や作曲家・発明家などもいる。

ある方のコラムには、「早熟の天才」十代で頭角を現し、二十代で世界を変える・・・だが全く逆の天才が今の世の中を作っているんだとか。

遅い・評価されない・長い間、何もしていない。だがあるとき、世界の前提そのものを壊すようなものを出してくる。

「出来ていたのに、出さなかった」ことが、功を奏した。「ヤバ過ぎて出せない」その理論は当時の世界観にマッチしていない。

「出しても理解されない」パターンもある。時間軸がズレていることを察知していたのかも知れない。

共通する「当時の評価基準に乗っていない」 ここが早く早くと才能を発揮しようとして、世間から忘れられる恰好になるのは。

しかし後からみると、「なぜ当時、誰も気づかれなかったのか」と再評価される。

早熟の天才は、誤りを減らす、精度を上げる、既存の正解に近づく・・・

奥手の天才は、誤りを抱え込む、誤りを捨てない、その誤りを現実の側を変形させる・・・

才能がある人は多くいる。だが現実世界で「遅い」「上手くいかない」「理解されない」と感じている方

それは「劣っている」のでは無く、単に別の時間軸に居るだけなのかも知れない。

早く到達した者では無い。到達点そのものを書き換えてしまった者の事を言うのかもしれませんね。

あの頃の曲は、いまも色褪せない、ワクワクさせる何かがあったね。「タイムトラベル」何度聞いても良い。