病気も人間関係も 運は使うより貯めてから
「運が良い」なんて場面ごとに呟いたりすると、人にはついていない奴と見えても
自身は、この程度で済んで良かったと思えたり、月の初めは、どうなることやらと
悲観に暮れそうな時でも、月末にはそれなりの形で終えるみたいなケースが度々。
特別な事をしてる訳でもなく、手品や奇跡が連続して起きた訳でもないのだけれど、
今日やるべきことを淡々と手を抜かず、目の前の普段通りの事を確実に、約束を守り、
時間を大切に使う。そんな事なのだけれど、十の内、4つ自分にとってはネカティブな出来事、
5つが平均的な良くも悪くもない出来事、でも1つの小さな出来事というかお金ではない、言葉
であったり、予想もしてないところからのご縁や昔のほんの短い期間に当時深い交流が無かった
方とふと再開したり、連絡があったり。駄目元で提案した案件で、今まで見向きもされて無かった
相手から褒めれた訳でもないけど、少し心を開いて貰えたり、そんな一コマで、単純なのか、帳消し
になってしまう。おめでたいおっさんなのかも知れないけど、継続してて良かったと感じる、本当に
偶になんですけどね。悪い事が続くとやっぱりめげるけど、もう後がなくなってきたななんて場面も
苦しければ苦しいほど、何処からか手を差し伸べてくれる事が、今まで多くあったと振り返ると思う。
冒頭の文言じゃ無いけど、運が良いと思うし、感謝しないといけない。またご縁を活かさないと罰が当たる。
小才は縁に出会って、縁に気づかず。 中才は縁に気付いて、縁を生かさず。
大才は、袖すり会うた縁をも生かす。 (柳生一族の家訓)
電子での言葉のやり取りもいい、時代とともに変化する人間関係もありましょう。
何かのアクションから始まる1本の線は、前世からの因縁。そしてその線は、貴方に繋がり、貴方が誰かに
伝えることで、一見関係無い事象のなかで、偶然に似た必然があることは否定できないし、あると思います。
生かすも殺すも、人それぞれの心持 ひとつなのではないでしょうか。