余る害より足りない害  泣いて生まれて来たから笑って逝けたら

ある歳を越えて来ると、今まで出来てたことが出来ないようになってきたり、あんなに夢中になっていたのに、何だか醒めてしまったり。

そんな出来事が増えて、考える事が多くなってきた。精神科医の和田秀樹さんの著書は、あれも捨てろ、無理に辞めなくて良い、柵から

離れろ、1人が楽しい、家族・親族関係はとんでも無いなんて言葉が羅列されていて、深く頷くことがある。

「まぁ いいか」 「なんとかなるでしょ」 「死にはしないだろ」と思い方が変われば、楽になり、前頭葉が解けずに済むと。

弘兼憲史さんも 50歳過ぎたら「まぁ、いいか」 「それがどうした」 「人それぞれ」 でいこう と仰っていますね。

   「ま」   真面目過ぎない           「あ」   会いたい人に会う
   「あ」   熱くなり過ぎない          「い」   行きたいところに行く
   「い」   意地を張らない           「う」   歌いたい歌を歌う
   「い」   意地悪しない            「え」   遠慮しない
   「か」   過干渉しない            「お」   おいしいものを食べる

以下、お笑い学会 副会長のコラムから引用

初めは笑いの医学的効用を広く知ってもらうことが狙いでしたが、ガン闘病中の子どもたちにも笑ってもらおうというホスピタルクラウンという方々も笑い学会の会員が紹介し、多くのクラウンが誕生しました。その後インドの医師、カタリア先生が考案した笑いヨガをマスターした会員がこれを日本で広めたいと各地で講習会をひらいたところこの数年でまたたくまに普及し、講師と会員、双方向からの笑いと健康の実践編になりました。それらの知見を20周年記念として全国縦断笑いと健康講演会を実施し、2015年夏の総会にはそれを集大成した学会誌を発行し完売しました。
 これまで学会シンポジウムでは広義の笑いと健康について考えてきました。スタートから20年過ぎて、笑いのある生活を実践することで、ある方は若返り元気になりました。でも学会員も高齢化は避けられない。最後の大きなテーマは『笑いと死』です。笑って大往生できますか。統計的には日本人のかなりの方々が人生の終わりに、こんなはずではなかったという思いを持つとか。大半の日本人は平和ボケして誰しも死なないつもりで日々生きています。でも近年、大災害が続いてある日突然、終焉のときを迎える。また、先はあまり長くないよと宣告される病いになったりということがしばしばある時代に突入しました。死を考えるなんて縁起でもないという人はいなくなりました。 死を考えることは残された人生をどう真剣に生きるかを考えることにもなるのです。今から 80 年近く前、日支事変当時、日本から中国戦線に『笑わし隊』という慰問団が派遣されたのです。当時の芸能界の人気者だった横山エンタツ、花菱アチャコ、柳家金語楼さん
らが前線に行き必死に兵隊さんたちを笑わせたのです。会場に入りきれない兵隊や傷病兵は窓の外で聞き耳を立てていたほど盛況だった映像が残されています。明日をもしれぬ状態のときでもひとは、一瞬でもそれを忘れて笑うことが出来るんです。あなたが人生の最後に、もしホスピスにはいるとしてそこで笑えますか。でもガン患者が笑ってくれると家族は元気になるんです。そのときこそドイツのことわざ、『にもかかわらず笑う』ことがあなたに試されるときです。ホンマモンの笑い学会会員であったかどうか、今、会員みんなに試されていると思います。そうなるために私が実行しているヒントを最後にお伝えしましょう。あいうえおで生きる!『あ』いたい人に会う。『い』きたいとこに行く。『い』いたいことを言う。『う』たいたい歌を歌う。『え』んりょしない。『お』もしろいことをする。『お』いしいものを食べる。この『あいうえお』です。自分で都合のいいように変えて実行してみてください。きっと笑って大往生できますよ。
 泣いて生まれてきたのです。笑って逝こうじゃありませんか